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トロント通信 ―映画の保存を学んでいます―  吉田夏生(トロント州立大学修士課程在籍)

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第1回:大学院留学、はじめました 

はじめまして。日本映像アーキビスト協会(以下「JAMIA」)会員の吉田夏生と申します。 
現在、カナダのToronto Metropolitan University(旧:Ryerson University)にて、映画の保存について学ぶ修士課程に在籍しています。 
「映画の保存について学ぶ」高等教育機関のプログラムはまだ日本に存在しておらず、具体的に何をするプログラムなんだろう?と疑問を抱かれる方も多いかと思います。 
このたび嬉しい機会をいただきまして、このユニークなプログラムでの私の留学体験を数回に分けて紹介できることとなりました。 
ぜひお読みいただけましたら幸いです! 

第1回目である今回は導入として、簡単な自己紹介と、留学に向けてどのような準備をしたかを取り上げます。 

私は留学する以前は、国立映画アーカイブで広報担当として5年間働いていて、さらにその前は、映画配給会社で宣伝を務めていました。 

正直に言うと、国立映画アーカイブで働くまで、私は保存という観点から映画について考えたことがありませんでした。小さいころから映画を観ることが大好きで、「映画の魅力を、そして魅力ある映画を広く届ける仕事がしたい」というのが、社会で働き始めたころのモチベーションでした。宣伝や広報といった職種を志したのもそうした理由からで、「観る」選択肢を豊かにすることに関心があった。しかし、国立映画アーカイブで5年の月日を過ごす中で、どこか漠然としていた私のモチベーションは、思っていなかった方向へと具体性を持っていきました。それは、「観る」選択肢を豊かにするためには、まず何よりも「残す」努力なくしてありえないということ—「保存」の重要性を身をもって知ったからです。 

2020年代を生きる私たちが、20年前の、50年前の、果ては100年以上も遡る昔の映画を鑑賞できるのは適切な保存がされてこそであり、そうでなければ、映画はいともたやすく失われてしまう。無声映画の残存率がいかに低いかを知ったときは驚いたし(参考:https://www.nfaj.go.jp/research/filmbunka/)、では今の映画は安全かと言えばそうではなく、制作・上映すべての工程がデジタルに移行した現代の映画は、保存に関して全く別種の困難に直面しています。(参考:https://www.nfaj.go.jp/research/bdcproject/#section1-1) 

映画保存に関するさまざまな仕事に広報担当として携わることで、私の「映画観」は日々揺さぶられ、中でも、 ビデオテープ(に記録された映像)の保存に興味を惹かれるようになりました。これについてはまた別の回で詳しく触れられたらと思います。国立映画アーカイブの任期は更新不可の5年と決まっていたため、退職後は大学院留学をして、映画の保存についてより深く学びたいなと考えるようになりました。 

【なぜカナダ? なぜF+PPCM?】 

Film and Photography Preservation and Collections Management program (通称F+PPCM)(https://www.torontomu.ca/film-photography-preservation-collections-management/)の存在を知ったのは、FIAF(国際フィルムアーカイブ連盟)のHPにある、映画保存を学べるプログラムをまとめたこのページでした。 
https://www.fiafnet.org/pages/Training/Other-Film-Preservation-Courses.html 
私の所属大学が旧名のままだったり、また、台湾の国立台南芸術大学にあるGraduate Institute of Studies in Documentary and Film Archivingが掲載されていなかったり、完璧なリストとは言い難いけれど、北米・ヨーロッパ圏の該当プログラムの存在を知る上では役立つと思います。 

ここでは17ほどの学校が紹介されていますが、私がその中でもToronto Metropolitan Universityを選んだ理由は、主にこんなところです。 

・長年、カナダに漠然とした関心があった。 
=主にジャン・マルク=ヴァレと、2012年前後(重要)のグザヴィエ・ドランの影響です。ヴァレはアメリカが舞台の作品が多いけど、広大な土地を舞台に、顕微鏡じゃないと覗けないような心のひだを優しく描く、その対比に魅了されました。大地が広すぎるゆえに生まれる繊細さ、みたいな。私にはそれが「カナダ的な眼差し」として心に残ったんです。ドランについては、とにかく『胸騒ぎの恋人』が大大大好きで。あの、寂しさと愛らしさが一緒になった独特の空気感。あれも私にとってはとても「カナダ的」。 
あと、世界一多文化・多民族な都市とも言われるトロントでの暮らしにも興味があったし、トロントは映画産業も大きくて、トロント国際映画祭(TIFF)も開催されるし(映画配給会社時代の先輩は、色んな映画祭に行っていたけれど、TIFFが特にお気に入りみたいだった)……などなど。 

私が映画の中に見ていた「カナダ的」な感覚には、カナダで暮らす中でも時たまふと触れることがあります。 

・プログラムが2年間。 
=他の大学は、1年〜1年半が多い。期間が長い方が、慌ただしくならず、じっくり学べると思った(蓋を開けてみたら疾風怒濤の慌ただしさではありましたが)。 

・在学中、インターン(大体3ヶ月)と研修(6ヶ月)が必須である。 
=カナダに限らず、色々な国の関連機関で働く機会を得られるのが魅力的でした。私は昨夏のインターンでオランダのNextArchiveという企業で働き、また、実は2025年1月現在はタイのThai Film Archiveに研修の真っ最中です。在学中に二度の職業体験(しかも割と長期)が得られるというのは、F+PPCMの最大の特色であり魅力だと思います。 

インターンシップでの一コマ。映っているのはNextArchive社長のジャン=ピエール・センス。インターンはまた別の回で詳しく取り上げます! 


ここで、F+PPCM卒業生たちのインターン・研修先が見られるのでよければどうぞ!
https://www.torontomu.ca/film-photography-preservation-collections-management/Experience/

【準備】 

留学の準備は、入学のおよそ2年前、2021年7月頃から始めました。大学出願と奨学金の応募に際して英語能力試験のスコア提出が必要だったので、まず最初はTOEFLの勉強からのスタートでした。大体、スケジュールはこんな感じです。 

2021年7月 TOEFL対策を始める 

2022年2月 TOEFLで目標スコアを獲得 

2022年8月-10月 奨学金に応募+出願するプログラムへのコンタクトを開始 

2022年11月-2023年1月 大学出願書類作成+出願 

2023年3月 大学院合格通知と奨学金採用通知が届き、留学が確定 

2023年9月 入学 

2023年6月末まではフルタイムで働いていましたが、TOEFLのスコアを取るまでは、仕事のある日でも必ず1時間〜1時間半くらいは英語の勉強をするようにしてた気がします。 
奨学金は日本の団体が支給するものにのみ応募しました。5つ応募したので、提出書類はなかなかの量となり、休みの日も利用してせっせと準備を進めました。最終的に、採用された奨学金は1つでした。英語や奨学金の準備・対策については、内容によっては個別に相談に乗りますので、気軽にJAMIAに問い合わせてください。JAMIAから私に繋いでもらいます。 

【学校が始まる】 

留学が確定してからの半年は瞬く間に過ぎ、あれよあれよと言う間に講義開始の2023年9月になりました。 

Film and Photography」と専攻名にあるように、F+PPCMには写真の保存を専攻する学生もいます。(むしろ、もとは写真保存を学ぶプログラムとして設立され、そこに後から映画も対象として追加された流れです)私の学年は、写真専攻4人、映画専攻11人という内訳で、カナダ国外から来ている学生は、私の他には台湾からが1人、アメリカからが2人のみでした。 

キャンパスはダウンタウンのど真ん中。手前にある尖ったデザインの建物が目印。


キャンパス周辺。2023年9月撮影なので、巨大なデンゼル・ワシントン(『イコライザーTHE FINAL』の広告)が大きな存在感を放っています。個人的には、ダウンタウンからちょっと離れたエリアの方がヒップな雰囲気があって好きです。 


ちょっとだけ、オリエンテーションの話をさせてください。クラスメイトと初めて顔を合わせるオリエンテーション。なぜかF+PPCMは前半のみドキュメンタリー制作専攻と合同のオリエンテーションで、教室に入ると、まさにトロントの街中と変わらないとっても多人種な空間が広がっていました。誰がどっちの専攻かわからない状態で1〜2時間のガイダンスを受け、「ここからは専攻ごとに分かれましょう」ということに。その途端、たくさんいた非白人の学生が一人もいなくなってしまったんですね。あのときの何とも言えない寂しさ、そして、遅刻してやってきた台湾人のクラスメイトに出会ったときの心強さは今でもよく覚えています(笑)。 

オリエンテーション期間中のキャンパス。 


また、社会人生活を経ている学生が多いかなと思っていたのですが、実際は5人ほどで、あとは全員学部卒業後にストレートで入学していました。自分がそのくらいの年齢のころに映画の保存について全くの無知だったからって、周りもそうだと思っちゃダメだよね、と、己を基準にして勝手な予想をしていた浅はかさを反省しました……。 
とは言え、クラスメイトは皆フレンドリーで親切で、たまに一緒に映画を観に行ったり教室で上映会をしたり、楽しく過ごせています。同時に、いわゆる学生生活を満喫する余裕がないほど課題に忙殺されつづけた、というのが実情ではありますが、もちろん、勉学こそが目的なので本望です! 

【カナダで映画保存を学ぶということ】 

Ryerson Universityが現在のToronto Metropolitan Universityに変わったのは2022年のこと。改名に至った経緯は、Ryersonという名前が、カナダの先住民寄宿学校制度(※1)に関わりのあった人物から取られていることに対し、学生たちが「大学をRyersonと呼ばずXと呼ぶ」抗議活動を始めたことに端を発します。(※2) 

自国の負の歴史との向き合い方を探る上で、「学校名を変える」という行為が最善なのかは、私は判断が難しいと感じています。しかし、先住民族、人種的・性的少数者といった、不可視化されてきたコミュニティの視点に立って歴史を読み直し、前に進もうとするカナダの行動力は凄まじく、純粋に感銘を受けるし羨ましくもあります。(1年次には、各授業の第1回目に、「Land Acknowledgement」と呼ばれる先住民族とその土地への敬意・謝意を述べる短い声明を必ず教授が読み上げていました) 

このような姿勢は映画・映像アーカイブの分野でも明確で、例えば社会的マイノリティのコミュニティが作る視聴覚アーカイブを活性化することを目的としたプロジェクト「Archive/Counter-Archive」(https://counterarchive.ca/welcome)はそれを象徴しているし、NFB(カナダ国立映画庁)(https://www.nfb.ca/)は過去に製作した映像をオンラインでたくさん公開していますが、そうしたコミュニティに関連する作品の配信に力を入れているように見えます。また、講義でも、アーカイブという活動/行為が内包する権力構造について皆でディスカッションをする機会が多く、こうしたことを「基礎」として学べる環境は素晴らしいと感じました。
 

16mmフィルム映写を学ぶ講義の一コマ


次回は、具体的にどんな講義や課題があったのか、 紹介していきたいと思います。 
ここまでお読みいただきありがとうございました。 
F+PPCMに少しでも興味を持っていただけたことを願います! 

※1 先住民に対する同化政策を目的に設置された寄宿学校 
※2 ”Ryerson University to change its name amid reckoning with history of residential,”CBC. https://www.cbc.ca/news/canada/toronto/ryerson-university-name-change-1.6154716  (最終閲覧2024年9月8日) 



 

吉田夏生 
プロフィール 
1988年生まれ。映画配給会社で宣伝担当として働いた後、2018年からは国立映画アーカイブで広報を務める。2023年9月よりToronto Metropolitan UniversityのF+PPCM(修士課程)に在籍。編著に『ウィメンズ・ムービー・ブレックファスト 女性たちと映画をめぐるガイドブック』(フィルムアート社)。 

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