AMIA2024:
「生成AI時代の映像アーカイブをめぐって
― 真正性・倫理・技術の交差点から」

2024年12月4日から6日まで、米国ウィスコンシン州ミルウォーキーで開催されたAMIA(The Association of Moving Image Archivists/映像アーキビスト協会)の年次大会に参加しました。
視聴覚メディアにおけるAI技術の進展は、私たちが記録・保存・利活用する対象そのものの「真正性(authenticity)」や「倫理(ethics)」に対して重要な問いを投げかけています。特に、生成AIが音声・映像の再構成に用いられるようになった現在、アーカイブに求められる責任の質と範囲は大きく変わりつつあります。

■ 基調講演:
「生成AI時代における倫理、真正性、そしてあなたの責任」
Keynote: Ethics, Authenticity, and Your Responsibility in an Age of GenAI
・John Tariot, Film Video Digital
・Melissa Shew, Center for Teaching and Learning/Marquette University
・Johan Oomen, Netherlands Institute for Sound & Vision
生成AIがアーカイブにもたらす影響と、その倫理的・実務的課題について講演されました。GenAIは歴史資料や文化的コンテンツへの新たなアクセス手段として期待される一方、アルゴリズムのバイアスや文脈の誤読によって真正性が損なわれるリスクも指摘されます。とくに、AIによる改変や補完が元の資料の意味を歪める可能性があることから、管理者や研究者には透明性と説明責任が求められます。これに対応するため、AIの活用に関する倫理的ガイドラインや実践的なフレームワークを整備する必要性が強調されました。
■ 実践事例から学ぶ:海外における先進的取り組み
● GBHアーカイブプロジェクト
Human-centered AI-assisted Video Cataloging
・Raananah Sarid-Segal, WGBH
・Owen King, WGBH
・Miranda Villesvik, WGBH
・Caroline Mango, WGBH
ボストンの公共放送局GBHによるアーカイブプロジェクトは、AIと人間の協働による映像アーカイブの実装例として注目されました。自動音声認識(Whisper)、キーワードラベリング(Keystroke Labeler)、映像内テキスト抽出(SWT)など、複数のAI技術を活用しながら、過去15万本以上の放送映像を効率的にカタログ化・保存しています。
このプロジェクトの特徴は、AIによってメタデータ生成や検索性を高める一方で、「最終的な責任は人間が負う」ことを徹底している点にあります。これは、AI活用において見過ごされがちな「判断主体の所在」を明示する重要な姿勢だと感じました。
● 古い映像再生機の部品の3Dプリンターによる再生
Exploring 3D Printing for VCR and VTR Repair
・Anthony Gonzalez, Independent
既に生産が終了したビデオデッキやカムコーダーの部品を3Dプリンターで再現するプロジェクトが紹介されました。破損した部品をAIがスキャンして設計し、3Dプリンターで部品を製造することで、視聴覚アーカイブ資産の「物理的持続性」を支える新たな道を拓いています。


● 映画カラー修復における実験的技術
Exploring Experimental Machine Learning in Film Restoration
・Fabio Bedoya, Filmworkz
AIによる古典映画のカラーリカバリーも進んでおり、日本のアニメ『キャンディ・キャンディ』や戦前・戦後の香港映画を対象に、Photoshopと機械学習を併用した高度な修復例が共有されました。これらは、技術と感性の両立が求められる映像保存の現場で、AIが「共創者」として活用される好例です。
■ グローバルな枠組みと倫理的ガイドライン
Best Practices for Use of Generative AI in Archival Documentaries
・Rachel Antell, Archival Producers Alliance
・Stephanie Jenkins, Archival Producers Alliance
・Jennifer Petrucelli, Archival Producers Alliance

生成AIの進展に伴い、国際的なアーカイブ機関による指針策定も進んでいます。たとえば、ドキュメンタリー分野ではArchival Producers Alliance(APA)が、AI使用時の透明性、歴史的事実との峻別、文化的・倫理的配慮の必要性を強調したベストプラクティスガイドを発表しています。
また、FIAT/IFTA(国際テレビアーカイブ連盟)によるホワイトペーパー「The Media Sector on its AI Journey」では、AIの導入に対する現場の戸惑いや、組織間の知識格差、データ共有への不安などが指摘され、タスクフォースの設置や教育機会の整備が提言されています。
■ 包摂的アーカイブの可能性:神経多様性へのまなざし
Elevating Autistic Voices Through Neuro-Affirming Practices in Audiovisual Archives
・Casey Davis, Autistic Voices Oral History Project
・Sam Fleishman, Autistic Voices Oral History Project
自閉スペクトラム(ASD)当事者の声を記録・保存するプロジェクトが紹介され、アーカイブが果たす社会的・文化的包摂の役割について再認識させられました。
アーカイブは単に過去を記録するだけではなく、未来の社会のあり方を問い直す装置でもあります。多様な神経発達特性を持つ人々が記録の主体となりうるアーカイブの実践は、「誰が記録するのか」「誰の声が残るのか」という問いに新たな光を当てています。
■ おわりに
AMIA 2024を通じて痛感したのは、AI技術が映像アーカイブの現場にもはや「選択肢」ではなく、「前提条件」として入り込んでいるという事実です。重要なのは、技術をどう使いこなすか、どう対話していくかという視点であり、それには倫理・文化・制度の横断的理解が欠かせません。
「AIに置き換えられる」ではなく、「AIと協働する」アーカイブの未来を、実務者自身が設計していくことが求められている──そんな強いメッセージを、本大会から受け取りました。
日本における映像アーカイブ実務においても、このような国際的潮流との接続点を模索しながら、より倫理的で創造的なアーカイブ実践を展開していけることを願っています。
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