以下に掲載しますのは、2021年1月23日に開催された「映画の復元と保存に関するオンラインワークショップ2021」において発表を行った大関勝久氏(名古屋大学特任教授)の講演「デジタル時代の映画・映像アーカイブにおける課題」の書き起こし原稿です。当日はパワーポイント資料を共有しながらの発表でしたが、今回の掲載にあたっては、資料への言及があった箇所に、適宜スライドを挿入しています。なお、パワーポイント上で上付き数字として指示されている参考文献と、書き起こし原稿で指示されている巻末註との間に、一部重複がありますことをご了承ください。
大関氏が講演をされてからすでに4年を経過しておりますがが、映像アーカイブ活動の核心とも言える「何を、何に、どのようにして保存するのか」に関し、具体的に列挙された項目や要素は、現在でも充分に役立つ情報であり、有効な視点を与えてくれるものと思います。
本掲載にあたり、映画の復元と保存に関するオンラインワークショップ2021実行委員会と大関氏にはご快諾とご協力を賜りました。記して感謝申し上げます。
【司会(とちぎあきら)】
名古屋大学未来材料・システム研究所特任教授の大関勝久さんを紹介いたします。大関先生は長年富士フイルムで写真感光材料の研究に従事され、デジタル映画保存用フィルムの開発などに携わってこられました。開発の成果である三色分解用白黒レコーディングフィルム「ETERNA(エテルナ)-RDS」では2012年にアメリカ・アカデミー科学技術賞を受賞されています。退職後は、東京国立近代美術館フィルムセンターのデジタル映画の保存・活用に関する調査・研究事業に参加され、現在は名古屋大学で素粒子検出用の原子核乾板の研究・開発に従事されております。
本日は「デジタル時代の映画・映像アーカイブにおける課題」と題して、フィルムのデジタル化ならびにボーンデジタル映像の保存に関する基本と課題についてご説明いただきたいと思います。それでは大関先生、よろしくお願いいたします。
【大関】
名古屋大の大関です。今日は「デジタル時代の映画・映像アーカイブにおける課題」ということでお話しさせていただきます。本日の内容は、「1.デジタルウェーブ」「2.映画・映像デジタルアーカイブにおける課題」「3.映画・映像のデジタル化への取り組み」という順番でお話ししたいと思います。
最初に「1.デジタルウェーブ」ということでデジタル化の波について振り返ってみたいと思います。下図(フィルムの国内供給量の変化)は、2004年を100とした相対値としてフィルムの国内供給の変化を表しています。

2000年代になるとフィルムの需要は急激に減少しました。業務用フィルムの場合は比較的に頑張って、特に映画用フィルムは2008年まで伸びています。ただし、その後急激に減少していますが、2009年頃3Dブームがあって、『アバター』(ジェームズ・キャメロン、2009年)などがヒットしたのを機会に映画館がデジタル化されて急激にフィルムの供給量が下がったためです。
そのころ、それまでは画像・映像というものは、写真フィルムに記録・保存されてきたのですが、フィルムが無くなるという危機感の中で、2007年に「デジタル・ジレンマ」というデジタルデータ保存の危険性への警告がアメリカ映画芸術アカデミー(AMPAS)から出されました[i]。この時の一つの結論は「フィルムと同等の寿命特性を持つデジタルアーカイブマスターフォーマットあるいは処理方法は存在していない」ということでした。その後、2012年に「デジタル・ジレンマ2」というものが報告されたのですが、これは比較的小規模の、例えば独立系とか非営利等のフィルムアーカイブのデジタルデータの保存に対するレポートなのですが、こうしたところは「十分な資金や職員、技術的支援が得られない限り、状況は変化しない」とバッサリと結論しています[ii]。

そういう中で国内では国立映画アーカイブ、当時はフィルムセンターといっていましたが、そこで映画におけるデジタル保存・活用に関する調査研究が行われました。「BDC(Born Digital Cinema)プロジェクト」と呼ばれていましたけれども、私も参加させていただきました。ここでは、①デジタル映画の保存・活用に関する調査研究、②フィルム映画のデジタル保存・活用に関する調査研究、③諸外国におけるデジタル映画の保存に関する技術や法制度等に関する調査研究、④映画のデジタル保存・活用を担う人材育成、といったテーマで活動が行われました。

その時の成果は、国立映画アーカイブのホームページ< https://www.nfaj.go.jp/research/bdcproject/>とか京橋本館の図書室で見ることが出来ますので、参考にしていただければと思います。
今日のお話は、その時の成果も踏まえてお話いたします。本題の「デジタル時代の映画・映像アーカイブにおける課題」ということですが、ここでは、「2-1. 何を保存するのか」、「2-2. 何に保存するのか」 「2-3. 保存したものをどう維持するのか」、「2-4. 活用とコスト負担をどう実現するのか」といった観点でお話ししたいと思います。
最初に「2-1. 何を保存するのか」ということなのですが、まずは下図を参考にデジタル映画製作のワークフローについて簡単に考えてみたいと思います。

デジタルシネマの場合、撮影はデジタルカメラで行われ、RAWというデータが発生します。その後、CGが加えられたり編集されて、オリジナルネガに相当するカメラネガというものが作られます。さらにカラーグレーディングされて、デジタルソースマスター(DSM)というものが作られ、その後、DCI(Digital Cinema Initiatives)の規格に則ってDCDM(デジタルシネマディストリビューションマスター)とかDCP(デジタルシネマパッケージ)などの上映用素材が作られます。さらに放送用・配信用・Blu-ray用のコンテンツも作られるということで、一つの作品に対してフォーマットの異なる様々なバージョンが発生するということになります。
フォーマットについては、色々なものがありまして、先ほど述べましたRAWデータはメーカーがカメラごとに開発しているもので、専用の器具とか変換のアプリケーションがないと再生できませんし、画像フォーマットにしても非圧縮のもの、圧縮のものと色々あります。それらをメタデータと共に入れるコンテナフォーマットというものもあります。それから、こうしたものの他に、デジタルビデオにもいろいろな形式がありまして、それぞれ専用の再生機が必要になっています。それら、どんなものがあるかという事については、先ほど言いましたBDCプロジェクトの中でフォーマットに関する調査という報告書が2つ、デジタル映像の場合とデジタルシネマの場合について報告されていますので、参考にしていただければと思います[iii]。

今見てきましたように、用途により、種々のフォーマットが発生する。それから、こういった中で色々なものを残したいと思うのですが、例えば新たな技術(高画質化)に対応するために元々の生のRAWデータがあると好ましい。変換や圧縮されたデータは情報が失われる場合がある。それから、色々な再生用のフォーマットも残したい。また、古いメディアを再生するために必要な機器やアプリも時には保存する必要がある。保存するものがいっぱいできるので、何を保存するのか決めないと際限が無くなってきてしまいます。何を保存するのかポリシーというものがないと決められなくなってしまいます。このポリシーを決めるのが大きな課題になると思います。

ここまでのところはボーンデジタル、すなわちデジタル撮影された映画・映像について考えたのですが、次にアナログフィルムや資料のデジタル化について考えてみたいと思います。種々のフィルム(白黒、カラー、ジェネレーションの異なるもの)があって、それらは今フィルムがなくなっていく状況でデジタル化を待っていると思うのですが、適切にデジタル化するにはどうしたら良いのか? 例えばオリジナルの色を再現するにはどうしたら良いのか、色々な新しい技術が出てきますが、そうした技術をどこまで使うべきなのか、といったことが出てくると思います。

これを技術的な観点で見てみますと、映像の質としては、「解像度」、「色域」、「輝度」、「フレームレート」、「ビット深度」、こういったもので表すことができると思います。これらについてみていきます。

「解像度」に関しては国際フィルムアーカイブ連盟(International Federation of Film Archives, FIAF)の面白い実験がありまして[iv]、1950年のカメラ・オリジナルネガをコダックのファイングレインのフィルムにプリントして画質を見てみる、それからそのオリジナルネガを2K、4Kでスキャンしてその画質を比べてみるということが行われました。

この画像についてオリジナルネガの中央の部分を拡大して調べてみました。オリジナルネガとそれをプリントした場合と、プリントには綱でしょうか線がちゃんと見えています。これを2Kでスキャンするとその綱が見えなくなっています。4Kだとちゃんと見えます。ですから、オリジナルネガの場合は4Kでスキャンしたいとなるかと思います。ところが、チャートを撮影してプリントしたものですが、ネガの場合はちゃんと線が見えているのですが、プリントしてしまうと線は消えてしまう。BDCプロジェクトでやったものですが、4Kスキャンしても、ネガからスキャンしたものは綺麗ですが、プリントからスキャンしたものでは画質が落ちている。プリントからスキャンする時には、本当に4Kでやることが必要なのか、2Kでも良いのではないかという判断をする必要が出てくるかと思います。
次に「色域」についてですが、下図は色度図です。

曲線で囲まれた部分が、人間が目で見える色の範囲です。DCI規格では緑の三角形の内部の色が再現できるということです。最近のアカデミー・カラー・エンコーディング・システム(Academy Color Encoding System, ACES)という規格では人間の目の見える範囲を超えて色再現できるところまで拡がっています。フィルムの場合はYMCの3つの色素で色を表現しますけれども、そのYMCの色素の性質によって、どの範囲を表現できるかが決まってきて、それがフィルムの特徴にもなってきます。アーカイブ的に考えますと、より広い範囲の色を再現するというよりは、元々のフィルムの色再現域、その色を忠実に再現したいという要求が出てくるかと思います。忠実な色再現をどうするかということですけれども、下の図表は日本写真学会誌にも報告されている例ですが[v]、スチールでやるカラーチャートを用いた色補正の方法です。

チャートというのは色の見本みたいなものですけれど、こういったいろんな色があります。その色はそれぞれ測色して、上表では例えば「L*」、「a*」、「b*」と書いてありますけれど、こうした3つの数字で表すことが出来ます。この3つの数字は1番を表しています。例えばスキャナーでスキャンした時にこの色がそのまま再現できるかというと、決してそんなことはなくて、スキャナーの値を、カラーサンプラーツールを用いてその「L*」、「a*」、「b*」を計算してやりますと、例えばスライドにあるような「Ls*」、「as*」、「bs*」の3つの値になって、元々の正しい色とはズレてしまいます。この色のズレも色度差を見積もる式が決められていて、一番下に書いてあるこのような式で、計算することが出来ます。それを計算しますと、例えば以下のような4つの場合、スキャナーA・B、カメラA・Bで、スキャンもしくはカラーチャート撮影した場合にどれくらいズレているかというのを表しています。

これは先ほどのデルタ・イースター・エー・ビー(ΔE*ab、デルタE)で8とか9とかかなり大きくズレていまして、違う色になっていることです。こういう時にはプロファイル作成ソフトを使用してこのズレを補正するプロファイルを作ります。例えばPhotoshopで画像を読み込むときに、そのスキャンしたデータと共にプロファイルを一緒に読み込みますと、こういったことを補正してくれる訳です。その上で、ビュアーが見ている色空間に出力すると、例えば先ほどのズレていたデルタEが1とか1を切る値になってくるということです。3以下なら良いのではないかと思います。こういうことをやる時には、スキャナーの場合にはスキャナーが自動調整とか色補正とか変なことをやられるとプロファイルを作るのが難しくなるので、なるべくスキャナーが何もしない設定をするのが良いかと思います。カメラの場合にはカメラが何かしらしてしまうので、良好なプロファイルを作成する設定を見つける必要があります。
もっと直接的に色を再現する方法として、フィルムの実際のスペクトルを測るという方法があります。これも日本写真学会誌に投稿しましたので、詳しくはそちらを見ていただきたいと思います[vi]。実際にやるのは『鎌倉カーニバル』(1951年)という作品のポジフィルムですが、実はこれは『カルメン故郷に帰る』(1951年)と同じフィルムストックが使われていますが、結構良い状態で残っていました。色んなところの色を、実際は38点を測定して、このフィルムのYMCの色素を特徴、主成分と言いますけれども、成分を分析してやります。先ほどフィルムは3つの色素でできていると言いましたが、主成分としても3つ出てきます。この主成分と、スキャナーでスキャンした値からそのフィルムのスペクトルを再現することができます。



上のグラフがその結果ですが、点線が主成分とスキャナーの値から計算した場合。実線は直接分光器を使ってスペクトルを測定したもので、少しズレていますけれども、かなり良く合っているといます。というのは透過スペクトルが一致していれば、光がフィルムを透過して一部吸収されて、そのまま出てくる訳ですから、スペクトルが一致するということは、全く色が一致するということを意味しています。これくらい再現したところで、先ほどの色差、デルタEを見ると4.3位。3を切りたかったのですが、フィルムの色の測定の点数や精度も限られているので、これくらいになりましたが、チャートをやるとこの方法でデルタEが1くらいまで持っていくことができます。以上のことをやらないで、普通にグレーディングをした場合がスライド#23の右図ですが、普通にグレーディングすれば鮮やかな色を表示できると思うのですけれども、色としてはかなり大きなズレがここでは出てきています。

ということで、映像としてどちらが良いというわけではないですが、忠実な色を再現しようとすると、フィルムの色素の特性をちゃんと踏まえてやると良いのかなと思います。
次に、ビット深度と輝度のお話になります。下表の表はネガ及びポジの濃度と濃度の解像度を示しています。

普通、ネガは濃度2.3程度、ポジは濃度3.8程度あります。それを8ビット、10ビット、12ビット、16ビットという風にビット深度が深くなっていくと、濃度差を細かく解像するということになります。例えば、濃度2.3の場合に12ビットでやれば、1つのビットに0.00056で分割することになります。FIAFのテストでは、通常のシーンであれば10ビットくらいあれば良いということ。夕暮れとか朝焼けとか高輝度のシーンであれば、もう少し細かく見たほうが良いと言われていますけれども、最近ハイダイナミックレンジ(High Dynamic Range, HDR)対応の表示機器が10の5乗、5桁ですね。濃度1で光の量が10分の1になりますけれども、こういう広い範囲を表示する機器が出るようになってきました。フィルムの方は、濃度2.3程度のネガであってもフィルムは連続的に濃度が変わってきますので、ビット深度で言えば無限大ということになります。なので、非常に細かく分けてやって、HDR対応の機器で表示することにしますと、今までネガが持っていた情報をちゃんと引き出して表現できて、これまで出来なかったシーンでもより綺麗に表現できる可能性があります。
最後にフレームレートですけど、フィルムの場合は通常24コマ。デジタルの場合は120コマまでありますけれど、ビット深度を上げて、解像度も上げて、フレームレートも増加すると膨大なデータ量となってしまいます。例えば4Kのカラーで24コマ、2時間、10ビットの場合だと、5TBを超えてしまいます。従って、ここでもコスト、目的を考慮して、どこまで技術を取り入れるかを決める必要があると思います。

次に「2-2. 何に保存するか」ということですが、ここでは、1.磁気テープ、2.光ディスク、3.磁気ディスク、4.半導体、5.クラウド、6.フィルムといったものに見ていきたいと思います。最初に1.磁気テープですけれども、最大の特長は記憶容量が大きいという事です。映像の保存にはよく用いられています。代表的なものがLTOというものですが、以下のような箱になっています。

いろんな世代がありまして、今はジェネレーション8「LTO8」(編注:2021年にLTO9が発売され、2024年にはLTO10が登場する予定)ということになっています。これは1本10cm四方でしょうか、12TB入るようになっています。ロードマップがずっと先までありまして、ジェネレーション12「LTO12」では192TB、圧縮すれば480TBまで入るというところまで、描かれています。このメディア自身はドライブと切り離して保存できますので、ネットワークセキュリティ上も安全だと言われています。磁気テープを用いたガイドラインとか磁気テープによるデジタル情報の長期保存方法といったものが報告されています。後者はJIS規格になっています。一般社団法人電子情報技術産業協会(JEITA)や学会発表によりますと、テープの寿命は20年から30年くらいあると言われていますが、システムの方は違っていまして、3年程度で世代が交代していく。世代が交代すると記憶容量が増えて良いのですけれど、例えば国立映画アーカイブでもBDCプロジェクトの中でLTOを導入したのですけれど、その時はLTO6でした。下表で、縦軸がドライブなのですが、6のドライブとメディアを購入して色々保存を始めたのですけれど、今は8になっています。

8のドライブでは6のLTOは読めないのです。もちろん、6のドライブが壊れているわけではないですし、サポートがなくなっているわけではないので良いのですが、ゆくゆくは6のメディアから8か9に移し替える、いわゆる「マイグレーション」を行わないといけないです。これはコストも時間もかかるので、この点が問題かと思います。
次が2.光ディスクですが、こちらはドライブの下位互換をうたっていますので、最新のドライブでもBlu-rayもCDも再生ができます。弱点としては記録密度が低いということで、今アーカイバルディスクが出ていますが、1枚300GB、ロードマップでも1枚1TBくらいまでで止まっています。ソニーとパナソニックからディスクを11枚とか12枚、先ほどのLTOみたいにパックにして3TBとかそれ以上の容量を持つシステムが販売されています。常温で1000年以上持つという報告もされています。一方、一般用途としてJIS6107に準拠したドライブとディスクも期待寿命200年以上と報告されていますが、こちらは個人でも買える価格で商業化されています。

光ディスクで気を付けなければいけないのは、ドライブとディスクが規格にあったものを使わないと、記録した時点で初期エラーというのがかなり入る場合があります。そうすると少しずつエラーが増えていき、ある時点を超えると読めないということになるので、最初に書き込む時にエラーレートの低いちゃんとした機器とディスクを使って記録することに注意が必要かと思います。
それから非常に多く使われるものに、3.HDDとか4.半導体というものがありますけれども、こちらも高密度化というものが進められています。特に半導体の方は128TBまでの規格ができており、ストレージ団体Storage Networking Industry Association(SNIA)の会長は何年も前にそのうちデータセンターにおいて半導体がHDDにとって代わっていくという予想を立てています。ただこれらについては基本的に壊れるものという前提で考えられているのかなという風に思います。それでもシステムの中ではどこかが壊れたらその部分だけを取り換える。取り換えるとソフトウェアが全体を最適化してくれる仮想化技術とかハイパーコンバージドインフラみたいな技術を使って、一部が壊れても大丈夫だということですね。ということは、メディアではなくコンテンツを保存していく考え方になるのかなと思います。但し、システム全体として導入したり維持したりしていくのは技術的にもコストとしても負担になる事があると思います。

5.クラウドサービスもどんどん進化していると思います。種々のサービスもありますし、共有が容易でどこからでもアクセスができます。セキュリティに注意は必要だとは思いますが、大きいベンダーであればしっかりしていると思います。ちなみにコストですが、アマゾンのAWSというサービスを調べてみました。1ドル=104円(本講演時)で計算したのですが、Glacier Deep Archiveという一番コールドデータと言いますか、年に1~2回のアクセスで、12時間以内に復元できるアーカイブの場合で、1TBで1235円くらいでした。標準的なもので頻繁にアクセスする一般的に使用するものだと1TBで28704円という値段でした。映画1本5TBということなので、1年保存すると10万円を超えるのでかなりの負担かなと思います。その他にも種々のオプションがあるのですが、その場合は費用が更に発生するかと思います。

それに対してデジタル映像、デジタルデータの保存は、6.フィルムでもまだ続けられています。以下は三色分解保存の例で、昔から行われている方法ですが、デジタル技術を使ってオリジナルネガをRGBの3色に分解し、このデータを白黒フィルムに焼き付けます。

フィルムセンターのBDCプロジェクトを始めた頃に、出雲大社の遷宮の記録を初めてデジタルで記録したから次の遷宮までの60年間保存したいという依頼が来たので、三色分解保存をやってみました。非常に良い再現結果が得られたと思います。横道にそれますが、デジタル映像記録用のカラーフィルムと白黒フィルムの違いを紹介したいと思います。下の写真はフィルムの断面図なのですが、カラーの場合には支持体の上にRGBの層があって、白く見えるのはハロゲン化銀という光センサなのですけれど、それ以外に色素の元になるものが入っています。なので、一層も厚いですし三層になって更に厚くなります。それに対して白黒の場合には一層で済みますし色素の元も入っていませんので非常に薄くなります。これで何が良いかというと、カラーの場合には光が散乱しますが、白黒の場合には光の散乱が非常に少なく、シャープネスの良い画像が得られます。

下図はデジタルレコーディング用カラーフィルムと白黒フィルムのシャープネス比較の例ですが、線を見ますと、カラーよりも白黒フィルムの方がはっきりと見えると思います。

白黒フィルムで保存するメリットというのは、銀画像なので期待寿命が長い。500年くらい持つのではないかと言われています。それから色素の退色がありません。先ほど述べたように光散乱が少ないので画質が良い。ということで、ハリウッドや、フランスのアーカイブ機関である国立映画映像センター(CNC)等で継続的に実施されています。ただし、まだコストが結構かかるのではないかと思います。

また、デジタルデータそのものをフィルムに保存ということも行われています。フィルムにデジタルデータそのものを書き込みます。これを読み出すための方法・情報は文字で「こういう風に読みだしてください」とフィルムに書いておく。フィルムは長期保存できるのでマイグレーションは不要ということです。これを読みだす時はスキャナーさえあれば良いので、1000年後のスキャナーでも読み出せる。機器依存性はないということで、フィルム1本さえあればデータは読み出すことが出来るということになります。こうしたものは「Bit on Film」と呼ばれます。

それなりにメリットがあるので、事業化されていまして、ノルウェーのPiql社、昔のシネベーションという会社ですがここが事業化していまして、バチカン図書館のデータをデジタル化して、それを北極圏に保存するというようなことも実際に行われています[vii]。
次に「2-3. 保存したものをどう維持するのか」ということですが、これについてはOAIS参照モデル(Reference Model for an Open Archival Information System)というものを紹介します。これはNASAがデジタルデータを再生できなかった反省から生まれたもので、概念モデルです。どこまで実現・実装するかは個々に任されています。

このシステムでは、デジタルデータは受入用、保存用、配布用の三つのパッケージから成りまして、更に情報モデルと機能モデルがあります。情報モデルでは保存用のパッケージ「Archival Information Package(AIP)」で見てみますと、このパッケージは内容情報と保存記述情報を入れてくださいということになっています。内容情報の中にはデータそのもの、それからそのデータを読み出すための情報を入れておいてくださいということになります。それから保存記述情報の方では、参照情報、分類とかの文脈情報、内容の正しさを示す普遍性・来歴情報、アクセス権などの権利情報、といったものをちゃんと入れておいてくださいという風になっています。

機能モデルとしては、受け入れの仕方をちゃんと決めておいてください、保管の仕方もちゃんとしておいてください、データ管理の仕方もちゃんとしておいてください、運用管理の仕方をちゃんと決めておいてください、保存計画も定期的に立ててください、アクセス制限も含めたアクセス権もちゃんと設定しておいてください、以上のことをやってくださいと書かれています。

これらすべてを行うのはかなり大変ですし、実際には出来ないことも多いと思います。けれども、どういうことに注意しなければならないかをチェックするのには参考になって良いのかなと思います。
「2-4. 活用とコスト負担をどう実現するのか」ということですが、活用するためにはコンテンツを発見してもらう必要があります。そのためにデータベースを構築し公開しなければなりません。このための技術として、データの構造化やメタデータスキームなどが研究されています。活用を効率的・有効に行うためには標準化や連携が重要だと思います。また、権利問題もクリアにしなければならない、ということになります。保存も含めて色んな事にお金がかかるのですが、誰がコストを負担するのかということですが、原則的には保存したい人が負担する。理想的には活用により保存コストを生み出すモデルが必要だと思います。とは言っても、現実的にはもっと公的機関が何かしないといけないのかなと思います。この点については後でも触れたいと思います。

最後に「3. 映画・映像のデジタル化への取り組み」ということで、海外の取り組み、国内の取り組み、ケーススタディを見てみたいと思います。先ず海外の取り組みですが、以下はアメリカの例です。

アメリカでは全米デジタル情報基盤整備・保存プログラム(National Digital Information Infrastructure and Preservation Program、NDIIPP)というプロジェクトがありまして、2000年なのですが、“デジタル資料の国立リポジトリー設立に向けた、基準と全国収集戦略策定の事業”ということで、アメリカ議会図書館が主導で100億円の予算で行いました。10年やって2010年に総合報告が出されましたが[viii]、これが面白いので紹介しますが、「保存は使命を帯びた機関が行うべき社会的な事業」だと。「一つの機関の手に負えない」、「技術インフラはみんなで共有しないといけない」、それから「法制度の改正や経済的な奨励金の援助が必要」ということを言っています。そういう報告に則って、その後国家デジタル管理連盟(National Digital Stewardship Alliance、NDSA)という活動が今でも続けられています。ヨーロッパの場合は、これも2000年に10年間の戦略が採択されています。

ヨーロッパでは経済成長に重点が置かれて、ICT産業をそのエンジンと位置付けました。その中で欧州デジタル図書館、いわゆるヨーロピアーナ(Europeana)が構築されまして、映画分野ではヨーロピアン・フィルム・ゲートウェイ(European Film Gateway、EFG)プロジェクトがあって16ヵ国、22機関が参加して色々なコンテンツを集めたりしてアグリゲーターとして機能しました[ix]。欧米では国やEUのリーダーシップのもとにデジタル化が進められたという気がします。

日本国内の場合ですが、割と早く1996年からデジタルアーカイブ推進協議会が設立されて活動が始まったのですが、この活動は限定的で2005年に終了。その後実際には文化遺産オンラインとか、国立公文書館デジタルアーカイブとかメディア芸術データベースとか個々の取り組みになってしまっているのかなと思います。ようやく去年(2020年)の8月にジャパンサーチの正式版がリリースされました[x]。これがヨーロピアーナの日本版みたいなことなのですかね、今後発展していってほしいと思います。日本では個々の組織による取り組みが多くて、ヨーロピアーナのようなアーカイブの具体化は遅れたという気がします。


もう一つだけケーススタディとして、これも面白いので紹介させていただきますけれども、これはAMPASがアメリカ議会図書館と共同で行ったデジタルデータの長期保存に向けたシステム構築の実験ですけど、アカデミー・フィルムアーカイブと議会図書館というトップランナーが手を組んだので、さぞかし凄いシステムが出来たかと思ったのですが、ここで行われたのはオープンソースと言って、ソースコードが分かっているような、公開されているアプリケーションを使ってやっていこうということですね。こうすることで、企業依存をなくすということなのですけれども、カスタマイズ・実装・維持管理については、内部にソフトウェア開発者などがいないといけなくて、結構大変ということです。それからフォーマットやメタデータを標準化しましょうということで、PBコアやPREMIS(Preservation Metadata: Implementation Strategies)の組み合わせを選択したのですが、実装には用語の統一とか色々大変な問題があるということと、一つ面白かったのは、デジタルデータのデータベースを作る時に必要なデータというのは、制作中に収集しておかないと、後から集めようと思っても集まらないということが言われました。これは印象的でした。それから、人材のスキルについては内容が結構難しくて、専門家を育てるのが大変だとか、コストが非常にかかるとか言われました。実はここを訪問して「すごいシステムが出来ましたか?」とお聞きしたのですが、「あんな大変なこと、止めたわよ」と一言言われて、あちゃーという感じだったのですけれども、結局商業用のソフトをカスタマイズして使っているということです。先にベンダーロックということを言いましたけれども、自分たちでやろうとすると非常に大変なので、逆にその中に優秀な人が出て色々頑張ってやったとしても、今度はその人がいなくなってしまうと困るというパーソンロックみたいなものもかかるので、必ずしも商業用のシステムが悪いかというとそうでもないという意見も聞いた覚えがあります。


まとめですが、映画を含むデジタルデータの保存は社会的な課題であるということ。デジタルジレンマの問題には、強いリーダーシップのもとに関係機関・組織が協力して取り組む必要がある。小規模組織単独での根本的改善は困難。デジタルデータは技術進歩も含め容易に大量発生するので、何を保存するのかポリシーが必要になります。写真感光材料は、期待寿命が100年以上の信頼できる保存媒体であり、現在でもデジタル映像の保存に利用されています。100年以上の期待寿命を示すメディアが報告されていますが、再生まで保証するシステムが確立されているとは少し言い難いと個人的には思っていて、提供されているシステムを状況に合わせて選択しなくてはならないと思います。欧米では国やEUのリーダーシップのもとにデジタル化と保存が進められている。日本では個々の取り組みが多かったのですけれども、ジャパンサーチが公開されています。保存されたデータの活用により保存コストを生み出す、そういう仕組みが出来たらすごく良いなと思います。


以上です。ご清聴ありがとうございました。
【司会】
本当に幅広い内容だということがよく分かりました。フィルムセンター時代にやられていたBDCプロジェクトの全体的・総括的な意味合いも含めて大変面白く聞かせていただきました。アーカイブという観点から言えば、色んな意味で再現性を保証するという事から考えた上での、例えばデジタルの様々な諸要素について、どういう点を留意すべきなのかという事も詳しくご説明いただいたのではないかと思っております。もう一つ、デジタルアーカイブの問題は、国とか行政とか非常に大きなレベルで考えなくてはならなところが一方でありつつ、でもデジタルデータを持っているのは非常に小さなレベルの、例えば個人であったり小さな組織であったり、その開きが非常にあると思うのです。そういうところを背景に、一つ質問をいただきました。写真ネガのアーカイブを考えている、個人でやられている方ですけれども、なかなか予算がないので低価格で何かを考えたい。その時のオプションとしてAWSによるデータの保存、ないしは自宅でのHDDによる保存、ないしは博物館関係が使っているクラウドでの保存、選択肢としてはいくつか考えられるのですけれども、他に良い方法があったり、また外部に委託して連携しながらやるというような、本当に切実と言いますか、具体的にこれからどうしたらよいのでしょうか。その点に関して大関さんからお返事いただけることはございますか。
【大関】
個人の方の資産の場合は、量によると思いますけれども、とにかく保存したい、あまりアクセスしないというのであれば、クラウドみたいな有料サービスを活用していくのも良いのではないかという風に思いますし、個人的には先ほど個人で購入できるレベルでいうとJIS規格に則った光ディスクシステムが考えられるかと思います。あと、自分でもそれを購入して、たいしてデータ量ではないのでやっているのですけれども、データベースを作るのが大変ですね。自分の個人的なデータだけでも、発生したらどこに保存した、いつ変更したとかということをちゃんと把握するのは、物凄く難しいですね、その辺をどうやってマネジメントしていくというのも、自分自身勉強していかないといけないと思っています。
【司会】
ありがとうございます。今日の話の中でもデジタルデータをフィルム上で保存していく話に触れられていらっしゃって、そのことがなかなか伝わっていなかったり、日本での事例がないからということもあるから、ご存じない方もいらっしゃるようですけれども、その辺りの現状をご存じであればお教えください。
【大関】
何年か前の話になりますけれども、基本的にはハリウッドの新作映画は三色分解されていると聞きましたし、もう少し前ですと重要な作品については全部三色分解をハリウッドのラボさんで進められていました。それから、これも聞いた話ですがフランスのCNCでは、年間100本規模で三色分解をする計画があって、それが実際に進んだのではないかと思います。他にも、海外からでもやってみたいという問い合わせは何回かありました。
【司会】
もう一つ、今日ご参加の方々も手元に色々な映像資料をお持ちになっていらっしゃると思います。フィルムもあればアナログのビデオとか、もちろんデジタルデータもあると思います。例えば、あまり保存上なかなか議論にならないアナログのビデオですね、それをデジタル化する。こういう時にデジタル化で特に留意するポイント、今日色々なお話が出たのですが、アナログのビデオからデジタルファイルへの変換する際の考慮すべき点などございますでしょうか。
【大関】
これは、参加者の方の中には多分ラボさん、プロの方が大勢おられると思うので、その方々にお聞きするのが一番良いという風に思います。けれども私が最近一番心配しているのは再生機器があるうちに早く変換しようね、ということですね。
【司会】
そうですね、今日も触れていただいたように、システムとか機材などの問題と直結しますよね。
【大関】
ビデオに関しては、再生機器がなくなると、どうしようもないということですね。
【司会】
最後にもう一つだけ、先ほどアメリカの例、EUの例が出ましたけれども、例えば日本を含めたアジアとかその地域の中でのデジタルアーカイブの連携や動向などを聞いていらっしゃいますか。
【大関】
BDCプロジェクトの中でも、先ずはフロントランナーから調査した経緯もあって、アジアなどは手薄になっていまして、正直できていませんけれども、アジアでも東南アジア太平洋地域視聴覚アーカイブ連合(Southeast Asia-Pacific Audiovisual Archive Association、SEAPAVAA)とかタイを中心にしてコミュニティはあるので、そういうところを調べてみれば、最新の動向は分かってくるのではないかと思います。
【司会】
ありがとうございます。アジアはなかなか複雑な地域ですから、色んな意味でのアンバランスさもあるのですけれども、おっしゃったように近年SEAPAVAAとかいくつかのネットワーク組織が出てきましたので、その中で生まれる素地といいますか土台ができつつあるかなという感じではありますよね。
今日は、情報量が盛りだくさんのお話を分かりやすく説明していただいて、本当にありがたかったです。大関さん、ありがとうございました。
編注:ご講演された大関勝久氏は、本発表後、関連する内容の論文を学会誌に投稿されておりますので、併せてご参照いただければ幸いです。
「デジタル時代の映像保存における課題」園田直子編『国立民族学博物館調査報告155号 持続可能な博物館資料の保存を考える』159-175頁、2022年
https://minpaku.repo.nii.ac.jp/search?page=1&size=20&sort=custom_sort&search_type=2&q=806
「映像のアーカイビング」『日本画像学会誌』第62巻、第1号、13-22頁、2023年
https://www.jstage.jst.go.jp/article/isj/62/1/62_13/_article/-char/ja
[i] The Digital Dilemma: Strategic Issues in Archiving and Accessing Digital Motion Picture Materials (Beverly Hills, California: Academy of Motion Picture Arts and Sciences, 2007).
https://www.oscars.org/science-technology/sci-tech-projects/digital-dilemma
日本語訳『ザ・デジタル・ジレンマ』(2008年)は、慶應義塾大学デジタルメディア・コンテンツ統合研究センターのホームページよりダウンロードできる。
https://www.dmc.keio.ac.jp/digitalarchives/digitaldilemma.html
[ii] The Digital Dilemma 2: Perspectives from Independent Filmmakers, Documentarians and Nonprofit Audiovisual Archives (Beverly Hills, California: Academy of Motion Picture Arts and Sciences, 2012).
https://oscarstest.prod.acquia-sites.com/science-technology/sci-tech-projects/digital-dilemma-2
日本語訳『デジタル・ジレンマ2 独立系映画製作者、ドキュメンタリー映画製作者、非営利視聴覚アーカイブの見解』(2016年)は、国立映画アーカイブのホームページよりダウンロードできる。
https://www.nfaj.go.jp/research/bdcproject/
[iii] 東京国立近代美術館フィルムセンター BDCプロジェクト「平成26年度『デジタル映像の制作・流通のファイルフォーマットに関する調査』調査報告書」(株式会社IMAGICA調査、2015年)
https://www.nfaj.go.jp/nfc_bdc_blog/2016/10/15/デジタル映画の制作・流通に用いられるファイル/
同上「DCIにおけるデジタルシネマ技術の標準化動向に係る調査」(慶應義塾大学DMC研究センター調査、2015年)
https://www.nfaj.go.jp/fc/wp-content/uploads/sites/5/2016/10/NFC_BDCh26report_DMC_DCI.pdf
[iv] FIAF ‘Film Duplication Resolution Tests’ (2014, 2016)
https://www.fiafnet.org/pages/E-Resources/Duplication-Tests.html
[v] 綿引雅俊「紙資料のデジタル化における色の再現について」『日本写真学会誌』83巻1号(2020年)36-40頁。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/photogrst/83/1/83_36/_article/-char/ja
[vi] 大関勝久、山田誠「フィルム映像のデジタル化における色の再現について」『日本写真学会誌』83巻1号(2020年)41-46頁。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/photogrst/83/1/83_41/_article/-char/ja
[vii] Piql ‘Preserving History for the Future with the Vatican Library’ (2020/08/06)
https://piql.com/case-studies/preserving-history-for-the-future-with-the-vatican-library
[viii] Preserving Our Digital Heritage: The National Digital Information Infrastructure and Preservation Program 2010 Report (NDIIPP, January 2011).
https://www.digitalpreservation.gov/multimedia/documents/NDIIPP2010Report_Post.pdf
[ix] European Film Gateway
https://www.europeanfilmgateway.eu/
[x] ジャパンサーチ
https://jpsearch.go.jp/