COMMUNITY 現像所技術者に聞く ー日本タイミング技術史をまとめる試みー

第1回 イントロダクション

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現像所技術者に聞く

 

―日本タイミング技術史をまとめる試み―

 

郷田真理子

 

第1回 イントロダクション

 現像所の技術者たちの話を記録しておきたい。私がそう強く感じたのは、2014年に大阪の映画フィルムの現像所を持つIMAGICAウェスト(※現株式会社IMAGICAエンタテインメントメディアサービス)のフィルムプロセス部に入社し、タイミング業務を覚えた頃だ。私が入社した頃はもう映画館はほとんどデジタル上映に切り替わり、新作映画をフィルムの上映用プリントに仕上げるという作業はほとんどなくなっていて、タイミング業務では、旧作プリントの作業が多かった。(注1) 

 

【タイミングとは】
 フィルムで撮影された作品のプリントを仕上げる工程(注2)において、作品全体の色や明るさのトーンを撮影者や監督のねらいに合うよう、各カットの色や明るさを揃えて仕上げる作業をタイミング、その作業者をタイマー(タイミングマン)という。タイマーはキャメラマンと撮影開始前から仕上げまでやりとりを重ね、ネガ現像の仕上がりのチェック、ラッシュのチェック、現像所各現場への指示連絡など現像所の技術的窓口として、製作側の撮影部、編集部と現像所を繋ぐ重要な役割を果たしている。デジタル工程においては、映像の色調などを調整する作業のことをカラーコレクションやグレーディング(技術者をカラリスト)という。 

 

 いま映画館はデジタル上映が主なのに、上映用プリントなんて新たに焼いているの?と思われる方もいるかもしれない。フィルム上映ができる映画館は名画座や国立映画アーカイブ(注3)など、一部になってしまった。このような映画館は、フィルムで公開された作品はフィルムで観ることが公開当時に最も近い鑑賞体験であるとポリシーを持って上映している。上映に耐えられるプリントがない場合は、上映用や保存用に旧作のニュープリントを焼くことがある。フィルムで鑑賞できる劇場がまだあり、上映用プリントを焼くことができることはとても光栄で喜ばしい。しかし同時に大きな責任を伴う。公開当時に近い上映体験を再現することは本当に難しいことだからだ。 

 フィルムは、長い年月人々の心に素晴らしい感動を残しながら、経年劣化という容赦ない運命にさらされてきた。褪色や物理的な損傷、劣化による収縮や変形…私達が向き合うのはこうしたフィルムだ。褪色したフィルムやキズだらけでボロボロのフィルムが、公開当時のような感動を残せるのだろうか? 目を覆いたくなるような状態のフィルムもある。 

 どんな状態であっても、現像所はフィルムのアナログ工程だからこそできる強みと、デジタルの強み両方を駆使して、なんとかフィルムから最上の情報を引き出そうとする。どの工程も職人的な技術が必要であり、新しい技術や発想を取り入れながら、そこには先代たちの経験や技術がしっかり引き継がれている。しかしフィルム全盛期を駈け抜けてきた先代の技術者たちは引退しつつあり、その経験や知識を聞くことができるのは今のうちになってしまった。

 画の色や明るさをコントロールするタイミングやグレーディングは、映像作品として重要な画作りの面で大きな影響力を持つため、大きな責任を負う作業である。私は現像所に入ってしばらくして旧作のタイミングを教わり、実際に担当するようになって、その責任の重さに面食らった。まず見たことのない映画の色の方向性なんて重要なことをどう判断したらいいのか?という戸惑いが大きかった。もちろん初号や過去のタイミングデータからスタートして、作品のねらいを大きく外れることなく仕上げるためにいろいろな手順を踏むのであるが、それでも自分にとってはあまりにも情報が少なく感じて手探りであったのだ。そんな中、フィルム映画の全盛期を経験してきたベテランタイマー達の指導に教えられた。 

 現像所にはタイミングデータと呼ばれる各カットの補正値のデータが残されている。そうしたデータは時々ネガ原版の缶の中に入っていることがあるので、映像アーカイブでも目にすることの多い資料だ。特に映画の初号のデータはラボの財産、当時は門外不出のものであったといわれるほど大事なものだ(今はラボ間で協力しあって活用されている)。ただしタイミングデータが残っていても、そのまま使えば当時が再現できるわけではない。プリンターや現像の液や機械のコンディション、フィルムタイプごとの特性、褪色度合い、フィルムの世代、あらゆる条件が組み合わさってプリントが仕上がる(注4)。それはタイミングではコントロールが難しいコントラストや発色にも影響している。当時と同じ条件の再現は不可能のため、「できる限り公開当時に近づける」ことしかできない。 

 タイミングやグレーディングをする際にはこのタイミングデータをもとにして、今の条件に合わせて仕上げていく。タイミングデータ以外にも、焼付作業の履歴にも現像処理やプリントのフィルムタイプなどの記録が現像所には残されており、重要な情報として必ず確認する。 

 タイミングデータがないと、たとえば昼間撮影のシーンをタイミングで暗く締めて夜を演出する「焼きつぶし(疑似夜景)」に気づかず、夜のシーンを昼間にしてしまったり、カラーの映画に白黒ネガが繋がれている場合に、白黒調にタイミングをしたが、実は赤や青やセピアなどに着色しているシーンだったというようなことも起こってくる。タイミングデータがあったとしても、過去の焼き増しやテレシネの機会に大きく訂正されていたり、別の現像所で作業をする際に再タイミングをして初号データと変わることもある。データを活かして全体をノーマルな色調に補正したら、全体的にある色調に傾いているのがねらいの映画だったということもある。最近ではそうした間違いをなくすため、タイミングデータ以外にも台本や色見本のプリントや映像を借りて参考にすることも多くなった。材料は多ければ多いほど精度は上がるが、すべての作品で用意できるわけではないのが現実だ。実際にはタイミングデータが全く存在しない作品の作業も多い。参考になる情報を注意深く精査しないと、大きな間違いに誰も気づくことなくプリントが焼かれ(あるいはグレーディングでデジタル上映素材が作られ)、アーカイブに後世まで残されてしまう可能性がある。 

 新作のタイミングは製作者と共有した作品のねらいを目的に仕上げていく技術が必要であるが、旧作のタイミングやグレーディングは残された資料やフィルム自体を現像所の視点で正しく読み解く知識が必要なのである。それを教えてくれたのが先代のタイマー達であった。古いデータの読み解き方、フィルムの特性を知ること、キャメラマンの傾向、時代ごとの機材や技術の特徴、画面を観察して注意すること、実際に担当タイマーであれば作品やシリーズのねらいなど…。 

 作品のねらいについては撮影キャメラマンや監督の残した言葉や記録は文献資料などでみつかることがあり(運が良ければご本人立ち合いのもとプリント作業ができる機会もある)、実際そうした情報は大きな助けとなるが、現像所の技術者達の話はほとんど記録としては残っていない。実際に製作者達と二人三脚で仕上げに携わってきた現像所の技術者たちの経験は重要な情報だ。いずれタイミングデータだけが残され、その経験や方法を伝える方々がいなくなってしまう。その前に話を聞いて記録しておかなくてはという思いが強くなっていった。 

 そんなタイマーの記録を残したいという思いで、2018年頃に十数名のタイマーや現像所の技術者の方々に話を聞かせてもらったことがあった。自分の所属会社以外の現像所のタイマーの方々もインタビューに応じてくれた。皆さんのお話は、それぞれが現像所の各現場で日本の映像文化を技術的に支えていたことがわかる貴重な内容だった。作品に固有の詳細のお話は公にするのが難しい内容もあるが、お話を聞きながら「日本のタイミング技術史」をまとめることができるかもしれないと思った。実際はタイミングだけでなく各現場の技術史が関わってくるテーマであるが、現像所の技術史の一部をタイミング視点で振り返ることで、将来的に旧作に携わる者たちが残されたデータやフィルムを読み解く一助になるかもしれない。 

 そのような目的を持って、改めて現像所の技術者の方々へヒアリングをさせていただき、その内容を少しずつまとめたいと思っている。 

 

(注1)
 映像の歴史の半分以上を占める映画フィルムの時代、その一役を担って支えているのが現像所だ。現在はデジタル制作が大きな割合を占めている時代であるが、フィルムも映画やCMの撮影、保存用や一部の上映用に使われており、全盛期ほどではないものの、毎日現像機は稼働している。フィルム作業は主に、映画やCM、ドラマなど新作のためのフィルムの現像と、フィルムで製作された旧作(映画・テレビ・教育映画等)のプリント・現像、それに伴う整理やタイミング作業、それからデジタル化作業(整理・スキャン・グレーディング・デジタル修復)がある。現在国内でプリント・現像作業が稼働中の映画フィルムの現像所は、株式会社東京現像所と株式会社IMAGICAエンタテインメントメディアサービス(旧社名は東洋現像所、IMAGICA)の2社と、8ミリフィルムを現像する有限会社レトロエンタープライズがあるのみになってしまった。 

(注2)

 上記は旧作フィルム作業の簡単なフロー図である。 

 フィルムで撮影された映画には原版と呼ばれる「ネガ」があり、そこから映画館で上映するプリント(ポジ)を焼く。上映・視聴・配信用などのデジタル化作業をする時も、情報量が多いネガ原版をスキャンして作成することが多い(残存するフィルムを検討してプリントや中間素材から作業をする時もある)。ネガ原版は、撮影したままのネガが繋がれているため、プリントやデジタル化をする際にはカットごとの色や明るさの補正(タイミング、グレーディング)が必要になる。 

(注3) 
 フィルム上映ができる、映写機を保有している映画館に関しては以下のWEBページが詳しい。 

http://fcinemap.com/

(コミュニティシネマセンター Fシネマップ「映写機のある場所」) 

(注4)
 新井靖久(東洋現像所)「フィルム特性とタイミング技術について」(『フィルム現像の理論と技術 現像部会編』、社団法人日本映画テレビ技術協会、1978年、178-179頁)では、以下のように説明されている。 

 「ネガ・ポジ方式の仕上げ工程は処理済みネガフィルムを適正焼付ステップでポジフィルムに焼付け、それを現像して製品となる。(中略) 

 製品の品質を左右する要因をネガフィルム成分(NEGA)、焼付成分(PRINTER)、ポジフィルム成分(POSI)及びポジ現像成分(D)と分けることができるから、 

 製品=NEGA×PRINTER×POSI×D 

と表すことができる、各々の成分が常に一定であれば、タイミングも不要となり、均一の製品が保証されるわけだが、なかなかそうはゆかず、各々の成分はそれぞれにバラツキの要因を含んでいる。」(引用ここまで) 

 以上に加え、旧作作業においてはフィルムの褪色などの劣化症状を加味して補正を行わなければならない。 

 

郷田真理子(ごうだまりこ)

撮影 中馬聰

1982年生まれ。フィルム技術者。株式会社IMAGICAエンタテインメントメディアサービス所属。大学卒業後、NPO法人映画保存協会の活動、映像制作会社、8mmフィルム現像所での仕事を経たのち、東京国立近代美術館フィルムセンター相模原分館で5年間フィルム調査に従事、2014年より現所属会社にてタイミング、フィルム調査などを担当。その他活動にプラキシノスコープ等初期映像装置を使ったイベントやワークショップの講師、「ホームムービーの日」上映会(相模原、新世界会場)の世話人等。 

主な執筆論文: 
「フィルムセンター所蔵の小型映画コレクション 9.5mm フィルム調査の覚書」(『東京国立近代美術館紀要』第17号、東京国立近代美術館、2013年)95-109頁。 

https://www.momat.go.jp/ge/wp-content/uploads/sites/2/2015/01/17_pp.95-109.pdf

「台風19号で被災した本宮映画劇場のフィルム救済プロジェクト【前篇】」(『映画テレビ技術』11月号、№819、日本映画テレビ技術協会、2020年)48-51頁。 
「台風19号で被災した本宮映画劇場のフィルム救済プロジェクト【後篇】」(『映画テレビ技術』12月号、№820、日本映画テレビ技術協会、2020年)21-25頁。 

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